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NHK「戦艦武蔵の最期」が証す最強浮沈艦の撃沈と敗戦の深い理由?再放送も必見!

   

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日本の最高機密として極秘に建造された戦艦「武蔵」は大和型戦艦の二番艦であり大日本帝国海軍が戦況不利を覆す為に建造した秘策の最後の戦艦でもあった。太平洋戦争末期、壮絶な最期を遂げたとされるが、資料が少なく、真相は謎に包まれてきた。

去年3月、フィリピン沖1200mの深海で武蔵が発見され大ニュースとなった。NHKは膨大な未公開映像とデータを入手。最新の映像解析技術で1,000枚の画像から知られざる武蔵の“真実”が浮かび上がった。

★各分野の専門家の総合力で歴史的解明:巨大戦艦武蔵建造は既に時代遅れ、世界最強の攻撃力と不沈構造による最強戦艦がなぜ撃沈されたのか? アメリカは開戦時の真珠湾攻撃からすでに学んだ巨大戦艦時代の終焉と空軍力の重要視、しかし日本はそのまま?
NHK総合 2016年12月4日午後9時00分~9時49分・再放送の日程 NHK 総合 2016年12月7日(水) 午前0時10分(50分)

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◎戦艦武蔵製造のコンセプ
:日本海軍は1942年6月5日~7日のミッドウェー海戦で破れ、アメリカ軍に対して対して致命的な被害を受けその後の戦況に大きく影響しました。しかし開戦前からのアメリカ軍の量的優位性に対して質で勝り対抗しようとした戦術から当時としては世界最強の戦艦大和その2番艦、武蔵が建造された。その結果、世界最強の攻撃力と最大の防衛力として浮沈艦を目指した。つまり

①世界最強の攻撃力を目指し対戦艦戦ならば主砲60口径砲が40km先の敵艦を攻撃できる圧倒的な攻撃力から打たれる前に攻撃できる戦艦とした。
②浮沈船を目指して戦隊を1,000の船室に仕切り浸水を部分的に食い止める仕組、更に機関室等の船体の主要部分は分厚い装甲板構成されて、魚雷攻撃にも絶えうる構造にした。但し、当時の溶接技術の限界で装甲何板はリベット4万本で接続されてが魚雷攻撃には弱い事が戦艦大和で実証されていたが、その対策を講じなかった。

◎実際の戦いで何故戦艦武蔵は破れ撃沈されたか?
:まず戦術のあまりがあった。海戦は大戦艦中心の時代から飛行機を中心とした空軍力がより重要な軍事力の指標となってきた。既に大戦艦による戦いは終わっていた。
:それをアメリカに教えたのが皮肉にも、敵国日本の真珠湾攻撃でした。アメリカ戦艦はゼロ戦等の航空機攻撃で大損害をしたまし。その後、アメリカは航空機を大増産して備えた結果、日本の敗戦は早まった。

①戦艦武蔵の情報を大和同様に撃沈されるかなり(半年)前に入手、飛行機による戦艦武蔵攻撃を戦艦の左右と前方からの3面攻撃により決して逃さないシッカリと練習した。

②10月24日撃沈されて日は快晴で40機の飛行隊が練習した通り襲いかかった。ジャンボ機3台分の全長324メートレは攻撃しやすい想像以上の巨艦だったので、攻撃等がしやすく、魚雷が当たると巨艦はますます船足が遅くなり攻撃しやすかった。飛行隊は追加されて100機にまで膨れ上がった。

③武蔵は僅かな出陣のみで就航後2年余りで撃沈された。その時の乗組員は2400人程でした。その内の生存者は僅か1,000名足らず。更に生き残った人達も終戦時には500名も欠けていた。戦艦が沈んた直後は戦艦全体は一つであったが、昨年、フィリピン沖の海底で発見された時は1km四方に粉々に船体は飛び散っていた。それは沈没時に主砲で殆ど使われなかった砲弾160発と火薬100トンが自爆したと推察された。

武蔵の基本情報と仕様・装備
1938 Japan Navy battleship.jpg

1942年8月竣工時の武蔵
基本情報
建造所 三菱重工業長崎造船所
運用者  大日本帝国海軍
経歴
計画 マル3計画
起工 1938年3月29日
進水 1940年11月1日
就役 1942年8月5日
除籍 1945年8月31日
最後 1944年10月24日、沈没
排水量 基準:65,000トン(完成時)
満載:72,809トン(完成時)
全長 263.0m
全幅 38.9m
吃水 10.4m
機関 ロ号艦本缶12基
艦本式タービン4基4軸
150,000馬力
速力 27.46ノット(公試成績)
航続距離 16ノットで7,200浬
乗員 約3,300名
兵装 新造時:

  • 46cm(45口径)砲3連装3基9門
  • 15.5cm(60口径)砲3連装4基12門
  • 12.7cm(40口径)連装高角砲6基12門
  • 25mm3連装機銃12基36門
  • 13mm連装機銃2基4門
    最終時:
  • 46cm(45口径)砲3連装3基9門
  • 15.5cm(60口径)砲3連装2基6門
  • 12.7cm(40口径)連装高角砲6基12門
  • 25mm3連装機銃35基105
  • 25mm単装機銃25基25門
  • 13mm連装機銃2基4門
  • 12cm28連装噴進砲2基56門
装甲 舷側 410mm、甲板 200mm、主砲防盾 600mm
搭載機 零式水上偵察機・零式観測機他、最大7機
(カタパルト2基)

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まとめ
真珠湾攻撃でアメリカとの戦争が始まり、航空機の先制攻撃で敵艦隊に大打撃を与えた事がアメリカを本気で怒らせて、かつ戦力も航空機の重要性を気付かせ空軍力増強を決断させた、一方の日本海軍は対艦戦闘を最重要として大和・武蔵の様な巨大戦艦建造に邁進した。真珠湾攻撃で大勝した戦術の重要を理解したその時の敗者アメリカと理解出来なかった日本の差は余りにも大きい。

日本は陸軍の戦線拡大と冷静な判断に基づかない一方的な精神論と自国中心の利益追求主義より天道に反して正気・勝機を逃し適当な所で休戦すべき時を失い、高い勉強代を払うことになった。先人達の苦労を忍び平和に感謝して現代人としての課題に取組みたい。  

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 - 世界平和, 歴史