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黒田博樹は引退も男気で、日米通算200勝の軌跡は日本一

   

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序)ついに本日、広島カープ黒田博樹投手41才が現役引退を発表した。今季10勝なので、例えば来季は5勝はいきだろうし、まだ来季に対して球団から何のオファーも受けていないだろうに? 何故、この時に、発表したのか?それは彼の『男気』にあると思わされます。3年米にアメリカ球団の高額オファーを蹴って、引退前の最後は日本球界で自分を育ててくれた広島で終えたい!

そして終わる時は惜しまれて、終わりたい。決して球団側に残留することで迷惑を掛けたくない、自分が抜ければその分を後輩にポスト・チャンスをあげたい。そんな風に思ったのではないだろうか? とにかく、お疲れ様でした。

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プロフィール 生年月日:1975年2月10日41才、出身地:大阪市住之江区、身長:185cm、体重:93kg、学歴:専修大、

選手情報:右投げ右打ち、ポジション・投手、プロ入り・1996年ドラフト2位(逆指名)、初出場・NPB1997年4月25日、MLB2008年4月4日、年俸・6億円+出来高(2016年)

経  歴:上宮高等学校、専修大学、①広島東洋カープ(1997~2007)、②ロスアンジェルス・ロジャーズ(2008~2011)、
③ニューヨークヤンキーズ(2012~2014)、④広島カープ(2015~2016)%e9%bb%92%e7%94%b0%e3%80%80%e6%8a%95%e7%90%83%e3%83%95%e3%82%a9%e3%83%bc%e3%83%a0

国際大会:2004年オリンピック

♥4期、4チーム時代を振り返って
①第一次広島カープ:(1997~2007)
1997:6勝-9敗、春季キャンプが終了したのち、2軍でのスタートとなる。練習試合に中継ぎ投手として登板するも、1イニング10失点を喫する。当時の2軍監督は打たれ続けても交代させずに3アウトを取るまで投げさせた。4月25日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)にて初登板・初先発・初勝利・初完投の快挙を達成。(2015~2016)

1998:1勝-6敗、わずか1勝でシーズンを終える。(とことん不調、それでもめげず頑張った)

1999~20005勝-8敗、9勝-6敗、若い頃はスピードはあるものの制球難で、好投したかと思えば次の登板で初回5失点するなど好不調の波が激しく、成績も不安定であったが、2000年9月20日の巨人戦から閉幕まで4連続完投勝利を挙げ、見事に一本立ちを果たす。

2001:12勝-8敗オールスターゲームに初出場。初の二桁12勝をマークしチームの勝ち頭になる。

2002:10勝-10敗、途中先発ローテーションから外れたが、2年連続二桁勝利を達成。

2003:13勝-9敗、それまでのエース・佐々岡真司に代わって初の開幕投手となる。前半は不調で勝てない時期が続いたが、後半から本来の調子を取り戻し、最終的に13勝を挙げ3年連続2ケタ勝利を達成し、アテネオリンピック野球アジア予選にも出場。

2004:7勝-9敗、二年連続で開幕投手を務める。6月20日のヤクルト戦(松山坊っちゃんスタジアム)にて自己最速の157km/hを記録。アテネオリンピックでは野球日本代表に選出され中継ぎとして2勝し、銅メダル獲得に貢献。

2005:15勝-12敗、4月15日の横浜戦で三浦大輔と互いに完封リレーを行い0-0というスコアで引き分けた。オールスターゲームにファン投票で選出され4年ぶりの出場を果たし、リーグ最多勝利で初タイトルを獲得。タイトル料込みで年俸2億円に達する。

2006:13勝-6敗-1セーブ、5月31日にFA権を取得。本人は「これを機に他球団の評価も聞いてみたい」と語った。他球団に移り広島メンバーに投げて勝負する自身がないとしてFA権を行使せずに残留を決めた。広島市は「広島市民表彰」を黒田に授与した。

2007:12勝-8敗、10月18日にFA権を行使する事を明らかにした。メジャー行き記者会見では「評価されるのもカープのおかげで、また日本に帰ってプレーするならこのチームしかない」とも語った。広島ファンの心にこの言葉は残った。%e9%bb%92%e7%94%b0%e3%80%80%e3%83%a4%e3%83%b3%e3%82%ad%e3%83%bc%e3%82%ba

②ロスアンジェルス・ドジャーズ:(2008~2011)4年間、9勝-10敗、8勝-7敗、11勝-13敗、13勝-16敗、

③ニューヨークヤンキーズ:(2012~2014)3年間、16勝-11敗、11勝-13敗、11勝-9敗

④第二次広島カープ:(2015~2016)11勝-8敗、10勝-8敗

日本NPB:13年間で124勝ー105敗 勝率0.541、アメリカMLB:7年間で79勝ー79敗 勝率0.500、合計:20年間で203勝184敗

OB評価江川卓は自著で「調子がいい時の彼のストレートは、ど真ん中に放っても打たれない」
中日監督の落合博満から2006年7月2日完封勝利を収めた際には「今日(3安打完封)の黒田は俺が現役の時でも打てない。だからうちの選手が打てる訳がない」と絶賛された。

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まとめ
◎高校時代、西郷隆盛が甥の市来政直に贈った漢詩の一節雪に耐えて梅花麗しに感銘を受けて座右の銘にしました。高校時代は(公式戦控え3番目投手で一度も登板せず)と言う記録は信じがたいのですが、その苦難の時代を絶えて広島カープ4年目にて勝ち越して才能が開花しました。このような彼自身の人生から男気が強く育ち、彼自身も男気で広島・メジャーリーグを乗り超えたと思います。

◎プロ野球人生20年間、本当にお疲れ様でした。しかし、男性平均寿命80.5才を基準にすれば黒田は約半分40年間がまだ余命としてたっぷり残っています。これからの約40年間もどのように生きるか注目し、期待します。超有名人は現役引退後、大きな落とし穴が有りえます。清原は特別かも知れませんが、間違いなく引退は大きな変化があります。永遠なる男気男、黒田博樹バンザイ 

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