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お笑でいじめといじりは拡散?、その判断は受身の人の気持ち次第

   

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最近のお笑いブームはすごい、テレビの夜7~9時のゴールデンタイムで必ずお笑い芸人の冠番組がNHKを除き必ず毎週ある様に感じます。それだけマスコミに大きな影響を与えているお笑い芸人さんの芸風いじり役といじられ役があります。

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彼らは人を笑わせる手段として明確な商売手段としていじり役といじられ役を決め強烈に、誇張して演じて人を笑わせる。原則、両者は仲が良く、よく打ち合わせてトーク・演技しているので面白い。語る内容とタイミングが絶妙に研究されて最善の間をはかってトークして観衆を舞台に惹きつける。

ところがそれをテレビで見ている大人は問題ないが、子供達(幼稚園生・小中学生・高校生)はテレビを見て知ることをほぼ100%信じてしまう。そして内容によっては模倣・まねて友人どうおしでそれを再現する。

ここに問題の出発点がある。いじり役の子供はいじられ役の子供よりも心身共に強く遊びや普段の人間関係で主導的立場にいる。更に主導的子供はいじってるつもりが、度を越していじめてることがありえる。更にエスカレートすると暴力問題になり挙句の果てに自殺者や集団リンチで殺人事件に発展する。

ダウンタウンの松本人志は『いじめといじりの違いは笑えるかどうか』と言ったら、それに対して異論者が続出した。大体、笑いの基準は各人が異なる。いじめた側はいじっただけというのが通常、集団で一人を対象にいじる場合は殆ど、いじられ役は諦めて逆らえず笑って本音をごまかしている場合が多いい。

人は同じ刺激は飽きがきて更に強い刺激を求めいじりはいじめに、いじめは暴行にエスカレートしやすい。原則、いじり役といじられ役を日毎に奇数・偶数に分けて立場を変えることが可能ならば即、多くの類似問題の解決に繋がると思われます。

立場の交換を受け入れれば、そもそもいじめ問題は生じない、交換できる寛大な心、相手を思いやる気づかいがあれば問題は起こらなかった。

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♥まとめ♥

本来、『お笑い』は落語のように話術で人を愉快にする事をスタートとしている。でも近年、お笑いのテーマに『相手を馬鹿にしたり、さげすんだり、蔑視、あなどる等の落差を付けて』上から目線で上に立った人が優越感をベースに楽しい気分を味わう。

さげすまれた人がさげすんだ人を笑って楽しんでいる状況に見たことも聞いたこともない。これは絶対に起こらない、あり得ない

◎上質の笑いは全員が心底から笑えるものを提供する事、者が評価されるべきと思います。笑いのプロは芸風が色いろある中で目指すは手段方法は自由ながら全員が笑えることです。

◎人が悲しんでいることを平気で笑っている人がいます。困った事、人の不幸を楽しんでいる人もいます。これは人の感情は育った家族間で各人の感性が育ちます。その子供時代に健全な父母の愛、兄弟の愛を受けられなかった場合、その人の感性は異常化してしまう。最近のいじめによる少年殺害事件を起こしている加害者の若者達の場合はこれに当てはまっていると思われます。  

 

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 - 事故・事件